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2026年1月8日木曜日

2025年6月16日月曜日

1838年製プレイエル ピアニーノ ある春の日の朝に

 ある春の日の朝に
1838年製プレイエル ピアニーノ
瀬尾真喜子
北軽井沢の自然(春)


STOP WAR

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2023年9月10日日曜日

1838年製プレイエルピアニーノがCDの中で歌っています

 



ピアニストの瀬尾真喜子さんがリリースした全曲オリジナルCDアルバムの中で、当工房で2018年に修復した1838年製プレイエルのピアニーノが2曲歌わせていただいております。
このCDのオリジナルなところは、1曲1曲が、1枚1枚の絵を観て受けたインスピレーションにより作曲されているところです。
7曲のうち5曲をスタインウェイで、2曲をプレイエルのピアニーノで演奏しています。
心温まる素敵なCDです!
お問い合わせ先はこちら:https://makiseo.stores.jp/



STOP WAR !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

2021年2月14日日曜日

バレンタイン特集 ピアニーノが歌うサティ

トーク&ピアノ企画(11)サティ「ジュ・トゥ・ヴ」(君がほしい)
 演奏とおはなし:瀬尾真喜子

1838年製PLEYEL Pianino 1m15(ショパン時代のプレイエル)
2018年に当工房で修復したピアニーノが、バレンタインにサティを歌ってくれました。

2021年1月4日月曜日

ピアニーノが歌うバッハ「主よ人の望みの喜びよ」

ピアニーノが歌うバッハ「主よ人の望みの喜びよ」
演奏とおはなし:瀬尾真喜子

1838年製PLEYEL Pianino 1m15(ショパン時代のプレイエル)
2018年に当工房で修復したピアニーノが、新年にバッハを歌ってくれました。
生前この曲が大好きだったお二人の方に捧げるとともに、今生きている私たちのために心をこめて弾いてくださいました。

2020年12月27日日曜日

クリスマス特集 ピアニーノが歌う讃美歌8

 ピアニーノが歌うクリスマス聖歌 vol.8 「きよしこのよる」
お話と演奏:瀬尾真喜子

1838年製PLEYEL Pianino 1m15(ショパン時代のプレイエル)
2018年に当工房で修復したピアニーノが、オンラインで讃美歌を歌うシリーズをやっています。
今回は、ピアニーノとショパンとのつながりのお話です。
ピアニーノが歌う讃美歌特集は、今日で終わりです。ありがとうございました!

YouTube 時空を旅するピアニーノ・瀬尾真喜子の演奏とおはなし:https://www.youtube.com/channel/UCDqaOBW7QWyjlfkA5h4D0ww

2020年12月26日土曜日

クリスマス特集 ピアニーノが歌う讃美歌7

 ピアニーノが歌うクリスマス聖歌 vol.7 「かみのみこは」
お話と演奏:瀬尾真喜子

1838年製PLEYEL Pianino 1m15(ショパン時代のプレイエル)
2018年に当工房で修復したピアニーノが、オンラインで讃美歌を歌うシリーズをやっています。
今回は、ピアニーノの兄弟のピアニーノのお話です。

2020年12月25日金曜日

クリスマス特集 ピアニーノが歌う讃美歌6

 ピアニーノが歌うクリスマス聖歌 vol.6 「もろびとこぞりて」
お話と演奏:瀬尾真喜子

1838年製PLEYEL Pianino 1m15(ショパン時代のプレイエル)
2018年に当工房で修復したピアニーノが、オンラインで讃美歌を歌うシリーズをやっています。
今回は、182年前にこのピアニーノをプレイエル社から最初に購入したロジェさんという方のお話です。

2020年12月24日木曜日

クリスマス特集 ピアニーノが歌う讃美歌5

 ピアニーノが歌う讃美歌 vol.5 「くしきほしよ」
お話と演奏:瀬尾真喜子

1838年製PLEYEL Pianino 1m15(ショパン時代のプレイエル)
2018年に当工房で修復したピアニーノが、オンラインで讃美歌を歌うシリーズをやっています。
今回は、ろうそくを灯しながらピアノを弾くお話です。

2020年12月23日水曜日

クリスマス特集 ピアニーノが歌う讃美歌4

ピアニーノが歌う讃美歌 vol.4 「あめなるかみには」
お話と演奏:瀬尾真喜子 

1838年製PLEYEL Pianino 1m15(ショパン時代のプレイエル)
2018年に当工房で修復したピアニーノが、オンラインで讃美歌を歌うシリーズをやっています。
今回は、修復が完成したピアニーノに瀬尾さんが再会した時のお話です。
人とピアノの出会・・不思議なものです。

2020年12月22日火曜日

クリスマス特集 ピアニーノが歌う讃美歌3

 ピアニーノが歌う讃美歌 vol.3 「あらののはてに」
お話と演奏:瀬尾真喜子

1838年製PLEYEL Pianino 1m15(ショパン時代のプレイエル)
2018年に当工房で修復したピアニーノが、オンラインで讃美歌を歌うシリーズをやっています。
今回は、ピアニーノと瀬尾さんの出会いの日のお話です。

2020年12月21日月曜日

クリスマス特集 ピアニーノが歌う讃美歌2

ピアニーノが歌う讃美歌 vol.2 「まきびとひつじを」
お話と演奏:瀬尾真喜子 

1838年製PLEYEL Pianino 1m15(ショパン時代のプレイエル)
2018年に当工房で修復したピアニーノが、オンラインで讃美歌を歌うシリーズをやっています。
ピアニーノの気持ちに耳を傾ける瀬尾さんのお話とともに、お聴きください。

2020年12月20日日曜日

クリスマス特集 ピアニーノが歌う讃美歌1

 ピアニーノが歌う讃美歌 vol.1 「あめにはさかえ」
お話と演奏:瀬尾真喜子

1838年製PLEYEL Pianino 1m15(ショパン時代のプレイエル)
2018年に当工房で修復したピアニーノが、オンラインで讃美歌を歌うシリーズをやっています。
コロナ禍のクリスマスに、ピアニーノから皆様へのプレゼントです!

2020年2月19日水曜日

音楽の力


1838年製プレイエル ピアニーノ 修復後の音6
賛美歌194「さかえにみちたる」
演奏:瀬尾真喜子

1838年製プレイエル ピアニーノ 修復後の音8
バッハ「主よ、人の望みの喜びよ」
演奏:瀬尾真喜子


ピアニスト・瀬尾真喜子さんのブログの記事に感動しました。
ますます音楽の力を信じて生きていけそうです。

2018年に録音した瀬尾さんの演奏をお聴きください。



現在フランスピアノの修復はお休み中。修復中のピアノはこちらです。
https://pianokitakaru.blogspot.com

販売中のピアノはこちらです。

2019年4月19日金曜日

1838年製プレイエル ピアニーノでホームコンサート






1838年製プレイエルのピアニーノで行われたホームコンサートを聴いてきました。
ピアノを囲んで少人数が耳を傾ける温かい雰囲気の中、このピアノについてのお話を交えながら瀬尾真喜子さんによる演奏が行われました。
私は、あらためてこのピアノの優しい音と表現力に感動し、心地よい音楽を楽しませていただきました。
途中、現代のスタインウェイのグランドピアノでの演奏も行われ、音や雰囲気の違いを感じることもできました。
スタインウェイは、音量もありダイナミックさも表現力もあり、ピアノの王様でした。
最初はこのピアニーノのような華奢なピアノを作っていたピアノ職人たちとその子孫が、もっともっとこんなピアノが欲しい!と夢を追求し、実現させていった先に到達した楽器です。
そして作られる音楽の幅も広がり、技巧的な演奏も可能になり、我々は多くのものを得ました。
ただ、現代のスタインウェイで弾いたショパンと1838年製のピアニーノで弾いたショパンを比べると、やはりどうしてもピアニーノの方がショパンの音に聴こえます。
この時代の楽器から生まれた音楽だから、そしてこの楽器がショパン時代を記憶しているから、当時を知らない私たちに雰囲気を再現して伝えてくれるように思います。
現代のピアノに慣れた私たちの耳には、音が小さく細く、響きがもやもやしてはっきりしないように聴こえますが、ショパンの時代にはそれがピアノの音でした。
「もやもやの響き」込みで作られた音楽だったのだと思います。
当時、音楽とはとてもロマンチックなものだったのです。

コンサートの後は、プロのお菓子職人の美味しいお菓子をいただき、参加者の皆さんで歓談して楽しい会でした。
ピアニストが舞台上で演奏し観客は拍手をして帰る通常のコンサートとは違ったサロンコンサート、主催者は大変ですが、音楽を楽しむための自然体の形で、とても良いなと思いました。

2019年4月16日火曜日

1838年製プレイエル ピアニーノ コンサート開催中


昨年修復・販売させていただいた1838年製PLEYELのピアニーノで、瀬尾真喜子さんがホームコンサートを開いてくださっています。
ピアノの周りに少人数が集まって聴くスタイルのコンサートですので、定員が少なく、9回にも渡って開いてくださり、ピアニストもスタッフの方々もさぞかし大変なことと思われますが、普段なかなか聴くことができない珍しいピアノの音をお客様はとても楽しんでくださっている様子で、嬉しい限りです。
ピアニーノも頑張って音を出してくれているようです。
瀬尾さんが愛情たっぷりに弾いてくださり、多くのお客様が耳を澄まして聴いてくださり、長年の眠りから覚めたばかりのピアニーノは、ショパン時代に歌ったホームコンサートを思い出して幸せな気持ちで歌っているのかもしれません。
私も明日、コンサートを聴きに行くのですが、ドキドキでもあり、とても楽しみでもあります。

2018年10月3日水曜日

1838年製プレイエル ピアニーノ 修復後の考察11(最終回)



1838年製PLEYEL pianino 1m15(ショパン時代のプレイエル)の修復を終え、この時代のハンマーフェルトについての考察をDI MARIOさんの論文を読みながら考えてきました。
彼の論文は2016年に改訂されたもので、2018年の今ではまたさらに研究も進んでいることと思います。
私に寄せられた彼らのメッセージでは、この時代のハンマーフェルトの修復にはウサギの毛を使うことが推奨され、そのグループに問い合わせてウサギの毛のフェルトを購入することも可能だとのことでした。

今回論文を読ませていただいて、今まで知らなかった歴史的背景を知ることができました。
パープがハンマーをフェルトで巻くことを発明した1826年から1850年くらいまでの間に、ハンマーフェルトをめぐってどのような試行錯誤があったのかがわかりました。
つまりショパンがパリで活躍し亡くなるまでの時代は、ちょうどハンマーフェルトの移行期にあたり、革のハンマーからウサギのフェルト(ウサギ、ノウサギ、羽毛、ビクーニャ、絹と様々な材料が使われた)、そしてウサギなどのフェルトと羊毛との結合ハンマーを経て、最終的に羊毛だけのフェルトになっていったのでした。
1849年に亡くなったショパンは、間違いなく、非常に柔らかいフェルトのハンマーのピアノで作曲していた、そしてそのハンマーからは甘くソフトな音色が出ていた、ということなのです。
今の私たちが知っているモダンピアノ、そして現代の羊毛フェルトにより修復されたピアノとは全く違う価値観の音色だったようです。
したがって、ショパン時代のプレイエルの修復には、現代の羊毛フェルトではなくウサギなどのフェルトを使用するべきだという意見があるのは正当なことです。

私はこの歴史的背景を知った上で、修復の仕事をしていかなければなりません。
ただ私は、ハンマーフェルトをウサギにしよう、と単純に考えることはできません。
ピアノの音色は、ハンマーフェルトだけでなく、弦や響板や、使われている木の年齢や、いろいろなことによって総合的に決まるものです。
ショパンの時代には若かった木の音色がしていたと思いますが、180年経った今ではまず木の響き方が違います。
また木の体力が弱っているので同じ張力をピアノにかけることができず、ピアノを生かすためには弦の張力を落として調整しなければならないので、ショパンの時代より弱い張力(つまり弱い音が出ることになります)のピアノに柔らかいウサギのハンマーを取り付けて、果たして同じようなエネルギーの音が出せるのか、と思います。
そんなことを考えると、ショパン時代の音の再現という目的には私自身はパッションを持てず、それよりもショパン時代を生きてきて今も生きている年を重ねたピアノの音を聴きたいという方向に気持ちがいきます。
また、少々余談になりますが、ウサギの毛のハンマーを付け、もちろん他の部分も非常にこだわった材料を使って修復するとなると、どんなにか高価なピアノになってしまうことだろうと思います。
それをするのは私の役割ではない、例えば博物館とか研究機関とか、そんなところでやっていただければ良いと思います。
私のやりたい修復は、普通のピアノ愛好家が手に入れられる範囲のピアノ作りです。
手に入りやすい材料を使いながらでも、当時の設計や美学をできる限り尊重しながら修復を行うことで、現代ピアノとは全く違ったメッセージを私たちに与えてくれる、感動を与えてくれる、音楽を教えてくれる、そういう意味のあるピアノはできると思います。
そして高すぎない値段で売ることにより、多くの人が歴史から学ぶ機会を得られます。
私が手がけたい修復はそういう修復ですので、やはりウサギ派!の方たちとは違うのです。

答えは一つではない、色々な考え方があって良いと思います。
様々なことを学ばせてくれたこのピアニーノに感謝します。
そして勉強のきっかけを与えてくださった、私にコメントを下さった方々にも感謝します。

2018年10月2日火曜日

1838年製プレイエル ピアニーノ 修復後の考察10

ショパン時代のプレイエルのハンマーフェルト修復について考察されたDI MARIOさんの論文の翻訳を、ご紹介しています。
原文はこちらです:PDF of Pleyel Hammers in the Chopin Era

ここに掲載している文は私の個人的な翻訳文ですので、間違いや下手な翻訳、下手な意訳もあると思います。
それでも参考になればと思いますので、恥ずかしながら敢えて掲載するものですが、英語を読まれる方は、ぜひ原文で読まれることをお勧めします。
また、原文にはハンマーフェルトの写真も載っていますので、ぜひご覧になると理解が一層深まります。


アンリ・パープと、ショパン時代のプレイエルにおけるハンマーの巻き方について彼が貢献したこと
M. DI MARIO, VARESE, 2012年7月(2016年6月改訂)

8. 結論

今日のプレイエルピアノ(そして他のロマン派時代のフランスピアノ)の修復が、モダンピアノの音色により汚されてきたことは疑いない。それは19世紀後期のアメリカの設計をベースに作り上げられてきた考え方に基づいている。モダンピアノや間違った修復を施されたピリオドピアノしか経験したことのないピアニストたちは、善意の修復家たちに対して、絶叫するようなパワーではなくニュアンスや詩的な甘さを設計のベースに考えて作られたヨーロッパのピリオド楽器から、大きすぎるパワーと弾きやすさを引き出すことを求めるだろう。顧客たちは、修復のための費用を、モダンなコンサートホールで演奏するための練習に使う、いわば使役馬として修復ピアノを使う目的のためだと考える。ショパンの生きていた時代に作られたピアノのほとんど、とりわけプレイエルのピアノは、そのような目的には全く不適切である。元々そのように設計されていないのである。

最終結果は、ピアノが本来の製造目的やこの種の楽器で作曲した作曲家が持っていた美学を伝えることができないまま紹介され続けている、ということである。

オリジナルのパープ・プレイエルフェルトは、ピアニッシモのパッセージではソフトでしなやかだという長所があるが、フォルティッシモのパッセージでは平たい音になってしまう。それは、下の層との結合部分が明るい音を出すからである。一般的に利用されている羊毛のモダンフェルトは、この記事に書かれてきたように、フォルティッシモのパッセージでそのような明るさを出すことはできず、ピアノのオリジナルの設計に意図されていたような全体的なダイナミックさの幅を引き出せない。

Wurzenのように伝統的なハンマーフェルトの製造メーカーも含め、モダンフェルトの製造は今日、ピアノをオリジナルの状態に巻き直すために必要なフェルトを製造できないようだ。これまで見てきた特許から読み取れるように、当時のオリジナルのフェルト製造は、繊細な材料を使っていたという点でも、織物や衣類の製造と同様より儲かる材料を使うようになった今日とは、大きく違っていた。

我々には、目下のところ3つの選択肢が残されている。

最初の選択肢は、シカや大ジカの革であるが、確信を持って使える材料であり、ショパンの生きていた時代のアップライトピアニーノに使われ続けたものである。残念なことに、時間が経つと革はより硬くなり輝きを増してきて、ロマン派時代のパープの特許のフェルトの音色を十分に出すことはできない。

2番目の選択肢は、現在製造されているハンマーフェルトであるが、ウサギまたはノウサギの毛から作られるものである。著者は、今でもウサギやノウサギの繊維を使って帽子を製造しているBorsalino帽子工場からいくつかの円錐状のフェルトを受け取った。その帽子のフェルトは似たような音色を出すのだが、オリジナルフェルトよりも衝撃的な音色が出るために、明暗の幅が少なくダイナミックさにおいて異なる結果となる。

3番目の選択肢は、今使われているモダンのバスダンパーフェルトや他の似たような羊毛フェルトである。モダンフェルトを使うときの問題は主に、しばしば繊維の目が粗くて硬いので、(ドルジュの記事で述べてきたように)密度が高い時には「こわばった」音になり、より適切な低い密度の時にはフォルティッシモのパッセージで音が鈍くなってしまうことである。

それでもやはり、一つの適切な答えに到達する。修復家は、ピアニッシモからメゾフォルテの間が多様である、柔らかく甘い音色を目指さなければならない。これはプレイエルピアノにとってとても重要なことだ。パワーは、表現力と小さな音量で歌える能力の犠牲になるだろうが、それはショパンが生きていた時代の製造家やピアニストにとって根本的な問題であり、ショパンの音楽を正確に表現するためには必要不可欠のことである。

それゆえ、音量を増大し輝かしいタッチを作ることで楽器の音楽的価値を最大限に引き出そうとする努力である衝撃的で輝かしいハンマーを用いた修復を避けることは大変重要である。私は主張したい。目指すべき最高点は、その強さではなくその弱さである。
(終わり)

2018年10月1日月曜日

1838年製プレイエル ピアニーノ 修復後の考察9

ショパン時代のプレイエルのハンマーフェルト修復について考察されたDI MARIOさんの論文の翻訳を、ご紹介しています。
原文はこちらです:PDF of Pleyel Hammers in the Chopin Era

ここに掲載している文は私の個人的な翻訳文ですので、間違いや下手な翻訳、下手な意訳もあると思います。
それでも参考になればと思いますので、恥ずかしながら敢えて掲載するものですが、英語を読まれる方は、ぜひ原文で読まれることをお勧めします。
また、原文にはハンマーフェルトの写真も載っていますので、ぜひご覧になると理解が一層深まります。


アンリ・パープと、ショパン時代のプレイエルにおけるハンマーの巻き方について彼が貢献したこと
M. DI MARIO, VARESE, 2012年7月(2016年6月改訂)

7. 可能な限りの代用品としてのモダン工業ピアノフェルト

ハンマーを巻くために専用に作られたモダンフェルトは、ロマン派の時代のピアノには不適切である。モダンハンマーは分厚い一枚のシートから作られ、密度が高く、木製の芯の上に圧力をかけて曲げられた比較的硬いものである。フェルトにかなりのテンションをかけ圧縮をする方法で作られる。1セットの新しいハンマーを取り付けるとき、技術者はハンマーの表面の繊維を柔らかくするためにフェルトに針を刺さなければならない。そうしなければハンマーは硬すぎて、音色に幅が出ない。

昔のショパン時代には、ハンマーはそれとは違い、根本的に調整されていた。外側の層は柔らかく、それはピアニッシモとメゾフォルテの音色、衝撃音、高音部の音色、そして倍音にも影響していた。それとは別に内側の層は、芯に向かって徐々に硬くなっており、メゾフェルテやフォルティッシモの音に影響していた。

モダンハンマーフェルトは、大きなテンションをかける方法で作られており、そのテンションに耐えられるように、繊維が一方向に大まかに揃えられている。

パープスタイルと1850年代のフランスの白色フェルトは、別の方法で作られていた。強く縮れた繊維を使うため、よりランダムな方向にフェルト化されたのだ。当時のハンマーフェルトとダンパーフェルトの違いは、ハンマーフェルトの方が2倍または3倍の密度を持っていたことであった。

著者は、新しいハンマーフェルトを探し求めて、1783年に創業した優秀なピアノフェルトメーカーであるWurzen Filzfabrikにコンタクトを取った。可能な限り似たフェルトを得るために、オリジナルフェルトのサンプルを工場の技術者に送った。その返答は、完全に同じものを彼らの工場で製造することはできないが、ダンパーフェルトの中でとても近いと思われるものがあるとのことだった。

残念なことに、新しい羊毛のフェルトの音は、ピアニッシモ、メゾフォルテからフォルティッシモでオリジナルに近かったのだが、音色が鈍く、「繊細なエネルギー」に欠けるものであった。

挿入写真:プレイエル10941のハンマー、17905のハンマー、Wurzenのモダンハンマーの一片

上の写真は、1840年代のパープ・プレイエルのオリジナル灰色ハンマーフェルトと、1850年代のプレイエルの羊毛ハンマーフェルトと、新しいWurzenのフェルトとを比較するものである。新しいフェルトが分厚い繊維から作られており、縮れ具合が弱くて緩いフェルトだということがわかる。

著者は、多くのヨーロッパのフェルトメーカーにコンタクトを取った。そのうちの何社かはピアノフェルト製造の業者である。受け取った全てのサンプルの中で、Wurzenのフェルトが昔のフランスのパープ・プレイエルフェルトに一番近いクオリティーを備えていることがわかったが、これまで述べてきたような必要条件を満たすものではなかった。

2018年9月30日日曜日

1838年製プレイエル ピアニーノ 修復後の考察8

ショパン時代のプレイエルのハンマーフェルト修復について考察されたDI MARIOさんの論文の翻訳を、ご紹介しています。
原文はこちらです:PDF of Pleyel Hammers in the Chopin Era

ここに掲載している文は私の個人的な翻訳文ですので、間違いや下手な翻訳、下手な意訳もあると思います。
それでも参考になればと思いますので、恥ずかしながら敢えて掲載するものですが、英語を読まれる方は、ぜひ原文で読まれることをお勧めします。
また、原文にはハンマーフェルトの写真も載っていますので、ぜひご覧になると理解が一層深まります。


アンリ・パープと、ショパン時代のプレイエルにおけるハンマーの巻き方について彼が貢献したこと
M. DI MARIO, VARESE, 2012年7月(2016年6月改訂)

6. ロマン派時代のピアノの修復とパワーを追求するモダンピアノ

1844年のこの記事には、1839年以前のプレイエルピアノはコンサートでの使用に適していなかったことが述べられている。それ以前は、大きなコンサートにはエラールピアノが選ばれていた。

挿入記事:France Musicale、1844年6月23日
「1839年以降、プレイエルの小型グランドピアノが大型ピアノとほぼ同等の音量を備えるようになった。この時点で基本は完成され、成果は確固としたものとなった。以前からプレイエル氏は7オクターブを持つ大型のピアノを製造してきたが、非常にエネルギッシュなこのピアノは、パリや地方の大きなコンサートホールで多くのアーティスト達に使われてきた。ここに、最も優秀な評論家の一人であるフェティス氏が、プレイエルの新しい7オクターブのピアノをヨーロッパで一番広いグランドオーケストラのコンサートホールで聴いた後にベルギーの新聞に公表した文がある。’’Emille Prudentについて語った後は楽器について語ろう。我々はエラールピアノをコンサートホールで使える唯一のピアノと思ってきたが、土曜日(1844年4月19日)のコンサートでPludent氏が弾いた素晴らしいプレイエルピアノを聴いてからこの考えが変わった。この楽器の音の力、豊かさ、安定した輝きは、このような場に完璧に適している。グランドオーケストラの広いホールで演奏を聴いてそれを確信した。もちろんこれはプレイエル氏のアトリエで最近作られたものだが、大変な進歩である。’’」

1839年から1843年の頃には、響板の駒の高さを上げると共に張力を増加していた。楽器の音は今日の標準より小さかったが、1830年以前よりは大きくなっていた。

ここにプレイエルの新しいパワフルなコンサートピアノについて書かれた別の記事がある。

挿入記事:Archives de Commerce、1845年、Vol.36
「プレイエル社は、7オクターブ(ラ−ラ)のコンサートホール用のグランドピアノを博覧会に出展した。この新しいモデルは、モダン音楽を演奏するための要望を叶えるために必要となったものだった。問題となったのは、音色の純粋さ、柔らかさ、そして均一性を損なわずに大音量を出せるようにすることだったが、それがこの新しい楽器で実現したのだ。プレイエルのコンサートグランドピアノは、この冬にはコンサートホールで有名なアーティストに演奏され、またイタリア人アーティスト(M. Prudentのコンサート)の素晴らしい演奏もあり、見事な反響を得て、この種の試みとしての成功を収めたことで批判の余地がない。」

モダンピアノの設計は、コンサートホールいっぱいに鳴り響くための力を最大限に得ることを目的としてきた。それは働くピアニストの収入になるように可能な限り多くのチケットを売るためでもあった。

リストはこの流行の先駆者であり、現代風のソロピアノリサイタルを始めた人だと言われている。

1850年以前、ピアノはコンサートのための楽器ではなく、自分の楽しみのために演奏する楽器、または当時のサロンで少人数のグループで楽しむための楽器とされていた。

1800年代後半のあるアメリカの雑誌では、イギリス製のピアノとアメリカ製のピアノの違いを指摘している。この記事は、ヨーロッパとアメリカの伝統的な美学の基本的な違いを漠然と描いている。今日のピアノはアメリカで設計され発展したものであり、一般に考えられているようにドイツから発展したものではない。

挿入記事:Popular Science、1892年2月
「ある事柄がここに明白に存在する、すなわち、イギリスのピアノはアメリカのピアノに比べてパワーと響きが少なく、そしてこの気候に耐えられない。それらは音量よりも甘さや優美さのために作られている。」

ピアノ作りの傾向が徐々にパワーや輝きを求める方向に動いていた1800年代の後期でさえも、イギリスのピアノは「甘く優美」だと考えられていた。

筆者はオリジナルのパープスタイルのハンマーを備えたプレイエルのグランドピアノno.10941を所有しているが、その音色が確かに甘く優美であり、おそらくモダンピアニストは典型的な「ピアノ」という楽器として認めないであろう。ハンマーのカシミヤらしい柔らかさのためにピアニッシモで演奏することは容易であるが、輝かしさに欠けるためフォルティッシモで演奏することは難しい。瞬間的な打弦音は柔らかく、高音部は鈍い音である。これらのハンマーは、本来家庭での演奏向けに作られたのであり、ステージ向けではないと思われる。

すでに述べられたように、我々は1世紀以上にわたるピアノ製造において、初期の生産段階からすでに音量の限界に挑む設計を開発しようとしてきた。それは、ハンマーをより硬く大きくすることと弦の張力を増大させることで、全体的なパワーを増し続けてきたのであるが、特にアメリカの設計をコピーしているアジアで顕著である。

ショパンが最初にパリにやってきた時代のヨーロッパのピアノの設計を考えてみると、ハンマーをできる限り軽くしようと作られていたことがわかる。これは、打弦の際のショックを少なくするためであり、打楽器の硬い音色とは対照的な甘く歌う音色を得るためであった。続いて1840年代にはハンマーはより大きくより硬くなった。特にプレイエルは、1840年頃にハンマーの設計を大きく変えたのだが、軽くて打弦の際のショックが少ないドーナッツ型の芯を持つ1830年代のハンマーに比べ、より硬くて幅の広い革の芯を持つハンマーにしたのだ。1840年代のハンマーの外側の層は、とても柔らかくなければならなかった。それは多くの当時の記録によると、ピアノの音質にとって「柔らかさ」の質が最高に重要なものであったからである。