2020年10月11日日曜日

1911年製ニューヨークスタインウェイ 修復を終えて

  


1911年製STEINWAY & SONS グランドピアノ1m80
修復が終わり、ピアノは持ち主の元へ帰る日を楽しみに日々を送っています。
長い期間かけてゆっくり修復をしましたので、私自身も感慨深いです。

このピアノが私のところへ来たときには、とにかくカビだらけでした。
あまりに湿気てしまっていましたので、まずは一冬乾燥させました。
すぐに修復すれば、響板の割れなど一度修復したところも乾燥期が来ると再び割れてしまいます。
ただ、ピアノは湿気てカビだらけ、響板の割れもひどい状態なのに、美しい音で鳴っていました。


フランスピアノを専門としている私のところに、スタインウェイが来ることはまずありません。
スタインウェイ ピアノの修復はフランスの工房で数台経験があるものの、多くの経験を持たない私にお客様が任せてくださったのは、ピアノ修復の考え方に共感してくださったからだと思います。
このピアノは、お客様の亡くなられた叔母様がニューヨークから持ち帰られたもので、大変気に入って弾いていらっしゃったらしく、修理の時にもなるべく部品を替えてはいけない、と言われていたそうです。
ということは、このピアノの素晴らしい音色を変えたくない、という意味だったのだと思います。
私は普段より、何でも新しい部品に取り換えるのではなく、なるべく使える部品は残して修復するやり方をしていますので、考えが一致しました。
とはいえ、ピアノは相当弾かれてきたために傷んでいる部分も多く、新しい部品に取り替えざるを得ないものもいくつかありました。
見た目はともかく、ピアノを楽器として使用していくためには、音色に関わる部分と機能に関わる部分はきちんと修復しなければ、ピアノの良さも半減してしまいます。
私なりに判断をして、取り替えるべき部品は取り替えさせていただきました。

ピアノの外装や鉄骨は、新品のようにピカピカにならなくても良い、古い味を残したままで良い、とのことで、できる限りの掃除をして新しく塗り直す作業はしませんでした。
しかし実際は、できる限りの掃除というのが大変で大変で、私はこんなにピアノを手磨きしたことはないほど、磨き続けました。
というのは、オリジナルのニスの上に後から塗り足された何だか分からない塗料のために苦労をしたのでした。
磨けば磨くほどオリジナルの美しいニスが出てくるのですが、後から塗られた塗料のムラが激しいため、なかなか思うように美しくなりませんでした。
けれども、私も体力の限界まで磨きましたし、元の状態よりは格段に美しく清潔になりました。

最後に音が出るときになって、どんな結果が出るかとても緊張しました。
結果は満足できるものでした。
とても美しい音色、明るい音色、よく歌い、そして驚くほど強弱が付く表現の幅を持っています。
とりわけ高音部の明るく優しい音色が魅力的で、弾いていて楽しいピアノです。
そして何より、元の音色が変わらなかったことに、私は満足しています。
修復前後の音の比較の録音を聴いていただけた方には、あまり大きな変化のないことに気づいてくださったかもしれません。
オリジナルの音色の性格は変化せず、機能は向上、ピアノのエネルギーを増大させる、長期間使用できる状態に回復させる、これらが修復の目的ですが、まさにその通りにできたように思っています。

このピアノなら、持ち主の元へ帰った後、新しい音楽人生を皆様と共に楽しく送っていってくれることを確信し、嬉しく思っています。
おそらく、最初にピアノをニューヨークから日本へ持ち帰って愛用された叔母さまも、天国から応援してくださったのだろうと感じ、感謝しています。
ありがとうございました。

0 件のコメント:

コメントを投稿