2018年9月12日水曜日

1838年製プレイエル ピアニーノ 修復を終えて

修復前

修復後

修復前

修復後


1838年製PLEYEL pianino 1m15(ショパン時代のプレイエル)
修復を終えて

このピアノの修復を始めたのは、2017年5月でした。
そして完成は2018年8月。
1年3ヶ月もかかって、やっと完成しました。
と言っても、その間ずっとこのピアノに関わっていたわけではなく、他のピアノ修復の注文が入り半年ほどストップしていた時期がありましたし、私自身の事情のためにお休みしていた時期もありました。
それにしても予定より長くかかった理由は、修復過程の幾つかの場面で、何度も何度もやり直しを繰り返さなければならなかったことにあります。
とにかく元の状態がボロボロですし、もちろんマニュアルもありません。
自分で観察し考えながら修復方法や材料を決めていくのですが、やってみたら不具合ということもあり、泣く泣く全部外してやり直したことが、何度もありました。
時間も材料も無駄になってしまった、と歯がゆい思いでした。
やり直しが嫌で、なんとか現状で工夫してやってみようとしたりもしましたが、結局根本からやり直さなければどうにもならないことがわかり、さらなる時間の無駄になったこともありました。
あまりにやり直しが多かったので、最後には「これからはやり直しも修復の仕事の一部だと思うことにしよう」という結論に達しました。
修復をする時に、何度かのやり直しの時間や材料費を最初から計算に入れ、当たり前のことと思っていれば、歯がゆい思いをしないで済むと思います。
特にピアノが古い場合、予想外の場面で修理が必要になってきたり、古い木の体力を考えながらそのピアノに合った修復法を考えなければならないことがあります。
100年前のピアノと150年前のピアノは全く体力が違います。
150年前のピアノと180年前のピアノもまた違います。
今回の修復で、それを実感しました。
今まで手がけたものの中で最も古いこのピアノの修復を通して、私は多くを学ばせていただきました。

本当に完成できるのだろうか?という思いと、こんなに苦労した末に全然音の良くないピアノになったらがっかりだ、という思いなどが、疲れとともに時々やってきました。
しかし、最初に音を出した時、疲れは吹っ飛びました。
これは天使の声なのではないだろうか?
最後に完成した時、天使の声のみならずさらに多くの素質を持っていることが分かり、とても感動しました。
演奏の下手な私が弾いても、するすると音楽になっていくのです。
敢えて表現しようとしなくても、ピアノが表現の仕方を教えてくれる、程よいテンポまで指示してくれるように思えました。
また、ピアノが出す一声一声に深みがあり、説得力がありますので、意味のない音楽には決してならないのでした。
チェロの音にも聴こえ、天使の声にも聴こえ、パイプオルガンの響きにも聴こえる時があります。
こんなに小さくてこんなに歳をとって弱さも持っているピアノから、こんなにも大きな世界が出てくるとは想像していませんでした。

その理由ははっきりと分かるものではありません。
元々プレイエルが製造した時点で質の高い設計と材料だったこと、小さくても表現力の高いピアノを目指してこだわりを持って作ったことには違いありません。
そして、そのピアノが180年生きてきた中で、歌ってきた歌や大切にされた経験や、多くのことがピアノに蓄積され、今の声を発しているということも、間違いないと思います。
180歳のピアノは、体力的には弱い部分もありますが、中身は深いのです。
人間と同じだと思います。
そして、180歳のその声を聴こうとする人に対しては、語りたいことが山ほどあるようです。
音楽のこと、ショパンの時代のこと、天からのメッセージ・・・。

日本にやってくる前、何年か何十年か放って置かれ、ボロボロ、埃だらけ、ネズミの住みかにもなっていたピアノは、修復した私の事情で完成が遅れ遅れになっても辛抱強く待っていてくれました。
そしてやっと声を出せるようになった今、語りたいこと、歌いたい歌が溢れ出てきています。
もう私の工房にいるより早く沢山歌わせてほしい、と思っているかのように、すぐに行き先が決まってしまいました。

私はこのピアノを通して、夢のような素晴らしい経験をさせていただいたと感じています。
私にこの出会いを与えてくれた大きな力に感謝しつつ、この経験を今後につなげていきたいと思っています。

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