2017年9月19日火曜日

ショパンとプレイエル10

ピアノを弾くショパン(1838年)
(wikipediaより)

ショパンの左手
(gallica.bnf.frより)


10. 終わりに、私見

ショパンは生徒を指導する時、「簡単に、簡単に弾きなさい!」「指で歌うのだ!」と言ったそうです。

ショパンの弾き方は、決して力で弾かず、手首を使わず、流れるようで、自由自在で、魂があり、ファンタジーがあり、優雅で明確で輝かしい・・・。
完全に独立した指を持ち、安定して強さのある左手を持ち、演奏時には腕や頭や体の動きが全くない・・・。
決してピアノを叩かないので、絶対にキンキンした音色がピアノから出ない・・・。
格調高く、調和に満ちており、完璧・・・。
「Sylphe musical」「Sylphe du piano」とも言われたそうですが、Sylpheというのはケルト伝説に出てくる空気の精、つまりショパンは「音楽の妖精」「ピアノの妖精」ということになります。

彼についての評の数々からショパン像が浮かび上がってきます。
ピアノの中から現れた妖精が歌を歌うようにピアノを奏でるのですから、軽くてエレガントで輝かしいイメージです。

ショパンは、軽くて指先の微妙な感情が音に直結するようなピアノを求めていたに違いない、と思えます。
ショパンがポーランドやウィーンにいた時代にウィーン式アクションのフォルテピアノを多く弾いたに違いないことと、プレイエルがシングルアクションの流れを大切にしたことが、私の中でつながります。
シングルアクションでは、鍵盤と弦を叩くハンマーとの間をつなぐメカニズムが少なくシンプルなので、指先の感覚がダイレクトにハンマーに伝わります。
ダブルアクションでは、中間にメカニズムを入れたことでハンマーの素早い動きを可能にし、連打がしやすく反応の良い弾きやすいタッチを持ちます。
シングルアクションではハンマーがもたつくので、圧倒的に弾きにくいのですが、有能な指を持っている場合には、上手に弾けてしまいます。
繊細な感覚と有能な指を持つピアニストにとっては、指先の感覚が直に伝わるシングルアクションの方が、より微妙な感情を表現できる、指の息づかいが音色に現れるような歌い方ができるのかもしれません。
微妙なことにはこだわらず、もっと大きく音楽をとらえ、ダイナミックさを求めるピアニストにとっては、ダブルアクションの方が神経質にならずに済み、大きな流れの音楽を実現しやすいでしょう。

イグナーツ・プレイエルとカミーユ・プレイエルは、イギリス式シングルアクションにこだわり続けました。
シングルアクションの方がよりダイレクトに奏者の思いが伝わると考えていました。
1863年、Auguste Wolffの時代に、プレイエル社は世の中に遅れてダブルエスケープメントアクションを取り入れましたが、ダブルアクションに移行していく中でも、シングルアクションに近いようなタッチを求め続けたと思われます。
いつまでもロングセンターピンにこだわり続けたのも、その理由からなのではないか、という気が私にはしています。
ロングセンターピンは調整しにくく不便ですが、フレンジ型のセンターピンより抵抗が少なく軽い動きが得られるのではないか、と思うのです。
そしてそれが、ショパンの求めたタッチを受け継ぐ流れの一つではないでしょうか。
本の著者はここまでは言っていませんので、あくまでも私の個人的な意見で、正しいかどうかは分からないのですが。

ショパンが、「元気な時にはプレイエルを弾く」というのは、指先の微妙な感覚までコントロールできるくらい元気な時には、プレイエルを弾くと思う通りの音色を出せる、ということなのです。
「元気のない時にはエラールを弾く」というのは、エラールはどう弾いても美しい音色が出るからだそうです。
エラールは、叩いても打っても、指先の神経を尖らせなくても、いつでも同じように美しい音色で歌える、響きに満ちた楽器でした。
ショパンから33回のレッスンを受けたEmilie von Gretschという人は、「自分のエラールピアノで弾くのと同じ弾き方でショパンのプレイエルピアノを弾くと、硬くて粗暴で汚い音が出てしまう。」と言ったそうです。
いつでも美しい音の出るエラールピアノも素晴らしいですが、どうも元気な時のショパンは違うものを求めていたようです。

ショパンの人生、プレイエルの人生から多くのことを学びました。
今後も修復を通してピアノと向き合いながら、プレイエルピアノに込められた先人の思いを感じることができたらと思います。
歴史の異なる様々なピアノが存在し、私たちに何かを語りかけてきます。
違いを認め、個性を見つけ出し、活かす修復をしていきたいと思っています。
(終わり)

参考資料:' Chopin et Pleyel '  Jean-Jacques Eigeldinger著、Fayard出版、2010年

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