1852年製PAPE コンソールピアノ
半年間かけて行ってきた修復を終え、無事納品することができました。
このピアノは、アンティークショップで未修復のものを購入された方が私に修復を依頼してくださったものでした。
何軒かのピアノ屋さんやピアノ工房に相談しても、このピアノは修復不可能、別のピアノを買った方が良い、と言われたそうですが、このピアノに思い入れの強いお客様は諦めずに、私のところへご連絡くださいました。
修復不可能、と言われるのは無理もないと思います。私ももしこのピアノを2年前に見に行っていたら、同じように答えたでしょう。
このピアノは非常に特殊な構造をしたものですが、ちょうど昨年から今年にかけて、同じタイプの1844年製PAPE コンソールピアノを修復した経験があったため、この仕事を引き受ける気持ちになりました。
ピアノを迎えた時の記事:
1844年製のコンソールピアノの経験から、このピアノの構造的な弱点や老いた木の体力の限界などを感じていましたので、それらをお話しした上で、完璧は無理でも出来る限りの修復をするというお約束で始めた修復でした。
特にこのピアノの場合は、響板の傷みが激しく、割れや剥がれ、虫喰いがかなり進んでいましたので、その部分が心配でした。
実際に修復を始め、解体してみると、その心配は倍増しました。
想像以上に響板が傷んでしまっていました。
一つ一つ丁寧に剥がれを接着し、割れを埋め木しましたが、果たしてこの響板で音が鳴るのかな?という心配はいつもありました。
やはりお客様に、このピアノはもう寿命が尽きました、と言うべきだっただろうか、
多額の修復費を払って直したのに音が良く鳴らないピアノを受け取ったら、お客様はがっかりするだろう、
などと、音が出る状態になるまで、心配は続きました。
また響板やケースの木の激しい老化を知って私は、弦の張力を下げなければなりませんでした。
新しく弦を張る時に計算してどの太さの弦を張るかを決めるのですが、張力を下げるということは音量が減ることにつながりますので、果たしてどのくらい下げるべきかは、非常に悩むところです。
今後なるべく長くピアノが生きられるように、無理の少ないように張力を下げることは絶対に必要だと思いましたが、全然鳴らないピアノになってしまったら困ります。
また高い張力をかけて音量の出る立派なピアノに仕上がったとしても、老化した木に無理がかかり、短期間しか保てなかったら、修復の意味がありません。
張弦は、失敗してもやり直しが出来ないので、とても難しい判断でした。
そんなこんなで、初めて音が出る状態になった時は、想像以上に美しい音が出たことに感動し、また安心しました。
確かに音量は少ないです。でも響きはとても豊かです。
こんなに傷んだ響板でも豊かな響きを持っているということに、驚きました。
老化はしたけれど、まだまだ木は死んではいなかったのです。
修復が完成し、普通に弾ける状態になった時、また新たな驚きと感激を覚えました。
あまりにも優しく心地よい音色に、とても癒されるのです。
私が今までに修復してきたピアノの中で一番優しい音だと思いました。
大音量は出ません。でも表現力も音楽性も持っています。何より優しさは最高級です。
このピアノを修復して良かった、と思えました。
もちろん全てのピアニストに満足して弾いてもらえるピアノではありません。
用途は限られています。でも決定的な個性を備えています。
持ち主のお客様はそれをよく理解してくださり、ピアノにとても満足してくださいました。
これからも末長く可愛がってくださることでしょう。
それが一番大切なことで、一番嬉しいことで、私の仕事はこういうところにあるのだということを、私は感じました。
この修復の経験は、私に多くのことを学ばせてくれました。
私の中に新しい修復の考え方が入ってきました。
私事ですが、家庭では親の介護を通して、人が老いるということについて日々考えざるを得ません。
同時にピアノの修復を通しては、木の老いを目の当たりにします。
私の中で、それらがつながってきています。
老いを否定するのではなく受け入れ、必要な手助けを無理なく施すことができれば、より幸せな余生を送ることができると思います。
人の場合も木の場合も、私にとって簡単ではありませんが、自分のライフワークと認識した今、今後ともこの方向をより深め、進歩していきたいと思っています。
今年もまもなく終わります。
様々な人やピアノとの出会いに感謝しています。
ありがとうございました。
みなさま、どうぞ良いお年をお迎えください。
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