岡本太郎さんのピアノ修復を終えて
2015年4月より9月までの半年間をかけて、岡本太郎さんのピアノ(1924年製STEINBERG BERLIN)の修復をさせていただきました。私にとって一つの挑戦だったこの仕事を満足できる形で終えることが出来、大変嬉しく、感謝の気持ちでいっぱいです。
ピアノ修復については15年余りの経験を積んできておりますが、今回の仕事で私自身が初めて行った挑戦が二つありました。
一つは、駒の修復です。このピアノは、低音の駒が割れてしまっていました。駒は弦の振動を響板に伝える役割をする大切な部品ですので、しっかりと修復しなければなりません。今までの私には経験のない大がかりな木工修理でしたし、失敗は許されないので、始めは外注に出そうかとも考えたのですが、自分でやってみようと思い立ちました。岡本太郎さんの「常に自分にとって困難な道を行け」という言葉に後押しされたためです。難しい仕事ではありましたが、自分自身で良く良く考え、また仲間の技術者のアドバイスも助けになり、最終的には無事、満足する形で完成することができました。今まで自分には出来ないと思っていたことが出来たという経験は、自分の自信になりました。困難なことにも勇気をもって挑戦し、全力で考え進んで行けば道は開けるのだ、ということを教わりました。
二つ目の挑戦は、新しく張り換えた弦の選択についてです。今までの経験の中では、この時代のピアノ修復には世界的に定評のあるドイツ弦を使用していました。しかし今回は、フランスのステファン・ポレロさんの弦を使用したいと思いました。なぜなら最近の自分の修復経験からこの弦の響きをとても気に入っていたからです。ただ、迷いもありました。ピアノはドイツ製なのだからドイツ弦の方が合うのではないだろうか、他の修復師なら迷わずドイツ弦を使うだろう、選択が間違っていて変な音になったらどうしよう・・・。一度弦を張ったらやり直しはできません。そして、結果は最後に音が出た時にしかわかりません。この選択は一種の賭けのようなものでした。今までの経験上間違いなく、他の修復師にも定評のあるドイツ弦を使えば無難だけれど、自分の信じる方法を試してみたい、という気持ちが私にありました。私にこの仕事が依頼されたのだから少しばかり私らしさを込めても良いはずだ、自分らしい仕事をしたい。でも自分のピアノならまだしも、他人から預かったピアノで不確定な仕事に踏み切るのはいかがなものか・・・。
では数多くいるピアノ修復師の中でなぜ私にこの仕事が依頼されたのか、記念館の方のお話では、太郎さんが10年余りパリに暮らしたことと私が10年余りパリで仕事をしてきたことに何かの縁を感じたので、とのことでした。ふと、フランスが好きだった岡本太郎さんは私がドイツのピアノにフランスの風を吹き込むことを許してくれるのではないか、という気になりました。
どうしようか迷っていたその頃、太郎さんがお寺の鐘の製作を手掛けたということを知りました。名古屋の久国寺の「歓喜の鐘」です。太郎さん自身、出来上がって音を聴くまでどんな音になるかわかりませんでした。失敗するかもしれないと思ったそうです。でも、自分らしい作品を作らなければ自分がやる意味がないではないかと考え、思い切った設計で誰にも作ったことのない鐘を作りました。初めて音を聴いたときは「奇妙な音」だと思ったそうです。個性的な響きを持つこの鐘は、今日まで人々に愛され続けているようですが、私もその音を聴いてみたいと思い、インターネットで探して聴いてみました。確かに個性的で複雑な音でした。その時、私は私の思う方法でピアノ修復をしよう、と決めました。
最終的に音を聴くまで不安でしたが、結果には満足しています。優しい音で明るく良く歌うピアノとなりました。そして太郎さんの鐘とも共通する、多くの複雑な響きを持つ魅力的な音になったと思っています。ドイツ的かフランス的かなどということはどうでもよくなりました。私は自分の仕事に満足しました。他の人がどう評価するかはわかりません。でも太郎さんは、そんなことはどうでもよい、自分の信じる道を突き進め、とおっしゃるでしょう。
このピアノ修復の仕事を通して、私は多くのことを学ばせていただきました。迷った時は太郎さんに相談し、太郎さんとの対話があったからこそ、勇気を出して進むことが出来ました。岡本太郎さんには大変感謝しています。
このピアノが、明るく歌い続け、多くの人々を幸せな気持ちにさせてくれることを願ってやみません。
2015年9月30日 北軽井沢にて
修復が芸術的な技であることがよくわかりました。
返信削除ありがとうございます。修復は、すでにあるものを修理するので一からの創造ではないですから芸術ではないのですが、仕事の中には芸術的な側面も時々ありますね。昔そのピアノを作った人の意向を尊重しながら現代に生きる自分の意見や個性を融合させていくという、バランス感覚の必要な仕事だと思っています。明子
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