2013年11月27日水曜日

1850年製プレイエルピアニーノ 修復を終えて

修復前
avant la restauration
  

 修復後
après la restauration
 
 
 
1850年製PLEYEL pianino
修復を終え、そして素晴らしい音がよみがえり、私は今この上ない喜びを感じています。
この修復の仕事は、私に大変貴重な経験をさせてくれました。
私はこれまでいつも他の技術者と組んで仕事をしてきたため、
ピアノ修復のすべての過程を一人で行うのは、今回が初めてのことでした。
悩むこともありました。失敗をして何度もやり直した作業もありました。
みなさまに助けていただいたりアドバイスをいただいたこともありましたが、
自分一人ということは、結局は自分で何とかしなければならないので、大変勉強になりました。
そしてまた、ピアノから教わることも多くありました。
一人でピアノと向き合って集中していると、ピアノと対話しているようにも思えることがあります。
このピアノはどうなりたいのかな?何が言いたいのかな?と思いながら考えていると、ふとアイデアが浮かぶ時があるのです。
このピアノはいったいどんな人生を送ってきたのだろう?と思いながら見ていると、色々なヒントが見えてきて、想像を膨らませることができました。
 
ピアノが組みあがり最初に音を出した時、まだまだ調整されていない音だったので確信は持てませんでしたが、
漠然と「このピアノには何かがある」と感じました。
今まで聴いたことのないような魅力的な音に思えました。
仕事をしている者のひいき目かな?とも言えましたが、仕上げていくうちに素晴らしさを確信しました。
そして出来上がって曲を弾いてみると、楽しくて止まりませんでした。
自分が弾いているというより、ピアノがもっと歌いたい、歌いたい、と言ってくるような感じがありました。
練習不足であまり弾けない私でも、次から次へと昔弾いた曲を弾きたくなりました。
これは一体どういうことなのだろう?
ピアノから出てくるこの強い主張は何なのだろう?
 
私の想像に過ぎないのですが、このピアノの歴史について思い至ったことがあります。
このピアノは1850年にフランスで生まれ、ブルゴーニュ地方のAvallonという町の方に最初に買われたことまでは、資料からわかっています。
その後の資料は何もありませんが、ピアノの傷み具合から、かなり弾かれてきたのではないかと思います。
外装の傷みも激しいので、引越も多くしたかもしれません。
とにかく人間の生活と密着していたピアノだろうと思いました。
そしてたくさんたくさんの音楽を奏でてきたピアノに違いありません。
このピアノは、作られてから一度も修復をされていませんでした。
弾きつぶされ、ボロボロになった状態で保管されてあったのが、縁あって日本へやってくることになり、修復されました。
何十年じっと黙ってきたのだろう?
また歌える状態によみがえったとき、ピアノは生き生きとして歌い始め、163歳とは思えないエネルギーを発しています。
当時音楽を奏でていたことを思い出したかのように、楽しそうに歌っています。
そしてその音は、現代の私たちに何か語りかけているようにも思えます。
私たちが忘れかけている何かを、このおじいちゃんピアノが思い出させてくれるような気もしています。
僕たちの時代には音楽をこうやって楽しんでいたんだよ。音楽とはこういうものなんだよ!
 
修復の最後に私が至った結論がもう一つあります。
このピアノは1850年製ですから、ショパン時代のピアノと言えます。
ショパンが亡くなったちょうど1年後に完成しました。
ショパンと同じ時代に生きたピアノ、一生懸命プレイエルピアノを作り上げようと試行錯誤していたプレイエルの2代目Camille Pleyelの時代のピアノです。
163年経った今、そのピアノを修復してショパン時代の音がよみがえったとも言えます。
でも私は、「この音がショパン時代の音です」とは言えないと思いました。
ショパンが聴いていた音はこれと同じ音ではないはずです。
このピアノが生まれたときは、今と同じ音を出していなかったはず。
なぜなら、若い木と年をとった木は同じ音を出さないと思いますし、弦やフェルトなども当時の材料と今のものでは当然違うと思います。
修復する人の技術や修復の仕方によっても結果が変わってくるでしょう。
もっと言えば、音を伝達する空気も違うし、私たちの耳も当時の人の耳と違うかもしれない。
そして何よりも、楽器は経験によって変化していくものだと思われました。
この楽器の経てきた人生が今の音を作っている。
だから私は、「この音がショパン時代の音です」と言うより、「ショパン時代に生まれて163年間生きてきたピアノの音です」と言いたいです。
このピアノの個性はこのピアノにしかないものです。
様々な要素が集まって一つの個性ができるのです。
それが私の至った結論であり、今後修復の仕事をしていくにあたっても、自分の人生を生きていくにあたっても、大変参考になる結論を得たと思っています。
 
多くの方々に助けられて、修復を終えることができました。
みなさまとピアニーノに感謝します。
 

2 件のコメント:

  1. 見学会楽しかったです。
    小さいのに朗々と歌う感じ、素晴らしいですね。
    長い眠りから覚めたような音の中に、ずうっと前から歌っていたような感じがあって不思議でした。
    エラールも頑張ってくださいね。応援してます。

    たか

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  2. 遠いところをお越し下さり、ありがとうございました。
    皆様に色々と感じていただき、有意義な見学会となりました。
    エラールも頑張ります!できたらまた弾きにきてくださいね。
    明子

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