原文はこちらです:PDF of Pleyel Hammers in the Chopin Era
ここに掲載している文は私の個人的な翻訳文ですので、間違いや下手な翻訳、下手な意訳もあると思います。
それでも参考になればと思いますので、恥ずかしながら敢えて掲載するものですが、英語を読まれる方は、ぜひ原文で読まれることをお勧めします。
また、原文にはハンマーフェルトの写真も載っていますので、ぜひご覧になると理解が一層深まります。
アンリ・パープと、ショパン時代のプレイエルにおけるハンマーの巻き方について彼が貢献したこと
M. DI MARIO, VARESE, 2012年7月(2016年6月改訂)
3. ピアノハンマーの巻きに使う羊毛についてのビリオンの特許
1840年、フランスのフェルト製造業者ビリオンが、全てが羊毛からなるハンマーフェルトの作り方を提示し、パープのフェルトの特許にもう一つの選択肢を加えた。
我々がパープの特許で見てきたように、オリジナルのフェルトには、帽子作りに用いられていたウサギの毛、絹、羽毛、カシミヤやビクーニャなどの繊維が使われた。これらの繊維に共通の性質は、繊維の直径に対する柔らかさと繊細さ、そして強い縮れ具合である。これらのクオリティーの全ては、今日もなおハイクオリティーの指標と見なされ、繊維工業界において価値ある繊維とされている。それぞれの繊維の価格はモダンピアノ業界のフェルトとは比べ物にならないほどで、ひょっとすると彼らの製造方法は適さないかもしれない。
以下に、ビリオンがピアノハンマーに使ったフェルトの作り方について、彼のオリジナル特許文を見てみよう。
フェルト製作の材料は「Agnelineと呼ばれた子羊の毛の可能な限り繊細なもの」だったのだが、これがまさに求められていた、強い縮れ具合を備えた繊細な繊維に合致するのである。今日のフェルトは比べものにならないが、それは使われる羊毛が直径の太いものであり当時とは同じタイプのものではないからである。当時のハンマーに使われたオリジナルフェルトを視覚的に観察して確かめてみよう。(下の写真を見てください)
挿入:1840年ビリオンのオリジナル特許文
「Agnelineと呼ばれている子羊の毛で可能な限り繊細なものを用い、自然の状態のまま、というのはただ脂肪の汚れを取り除いただけの状態で・・・(以下翻訳を省略。オリジナルの手書きの文字が細かくて読めないため。和田)」
パープの特許のハンマーと違い、ビリオンのハンマーは最初は広まらなかった。
パリの幾人かの有能なピアノ製造家たちは、1840年のパープフェルトの灰色をまだ使っていた。それは洗練された音色を出す、おそらく当時のサロン志向の市場に最も合っていた、最も繊細なフェルトであった。またイギリスの会社はすでに「白い」フェルトとその他の材料を使っており、ビリオンのフェルトをすぐに採用する必要がなかった。
おそらくヨーロッパの経済危機と1848年の産業革命の後にようやく、ビリオンのフェルトや他の羊毛フェルトがピアノ製造界で専売的に用いられるようになった。ショパンがイギリスへ脱出したように、人々が外国へ出て行くようになった頃である。1849年のショパンの死と1855年のカミーユ・プレイエルの死は、変化を意味することとなったであろう。二人とも芸術的レベルで生産のプロセスに関わっていたからである。
灰色のフェルトで巻かれたハンマーと後の羊毛で巻かれたハンマーとの間には一つの大きな違いがあった。前者がとても柔らかくかなり密度が低かったのに対して、後者は外側の層が分厚かった。
柔らかく密度の低いパープのフェルトは、後の羊毛で作られた密度の高いハンマーフェルトよりも広範囲にわたって圧縮することができる。それは、一つは密度の違いからくるものであり、もう一つは羊毛の繊維がウサギやノウサギの毛よりも硬く弾力性があるためである。
パープのフェルトと比べる時、羊毛の一片で同様の機械的クオリティーを得ようとするには、羊毛のフェルトをより厚くしなければならない。なぜなら羊毛は圧力をかけてより小さくするからである。
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