2020年10月25日日曜日

ポストショパン時代のエラール VS プレイエル 修復前の音1

 1857年製エラール
 修復前の音1
バッハ


1860年製プレイエル 
修復前の音1
バッハ



2020年10月24日土曜日

ポストショパン時代のエラール VS プレイエル 修復前の写真4

1857年製エラール

1860年製プレイエル 


1857年製ERARD モデル2 グランドピアノ2m12
1860年製PLEYEL モデルPetit Patron グランドピアノ 2m20

修復前のアクションです。
この時代は各メーカーが独自にアクションを製造しており、エラールとプレイエルは全く違う形のアクションを作っていました。
ここにはメーカーのこだわりが表れています。
後日詳しく見ながら説明していきますが、エラールはダブルアクション、プレイエルはシングルアクションです。

2020年10月23日金曜日

秋の風景11



マムシ草の実が真っ赤になりました。

2020年10月22日木曜日

ポストショパン時代のエラール VS プレイエル 修復前の写真3

1857年製エラール

1860年製プレイエル 

1857年製エラール

1860年製プレイエル 


1857年製ERARD モデル2 グランドピアノ2m12
1860年製PLEYEL モデルPetit Patron グランドピアノ 2m20
修復前の本体と製造番号です。
本体の構造は、どちらも平行弦、鉄の板とバーの組み合わせ鉄骨です。
この時代はまだ総鉄骨(後の時代に発明される一体型の鋳物の鉄骨)が発明されておらず、したがって交差弦もまだない時代でした。
この、鉄の板とバーの組み合わせ鉄骨というのは、見たところ弱そうな感じを受けるかもしれませんが、相当な強度があります。
何とかして弦の大きな張力に抵抗しようと各メーカーで工夫に工夫を重ねていた時代だと思います。
ビス留めされていますが、絶対に動かないようにと、ガチガチに組み合わされています。

2020年10月21日水曜日

ポストショパン時代のエラール VS プレイエル 修復前の写真2

1857年製エラール

1860年製プレイエル 

1857年製エラール

1860年製プレイエル 

1857年製エラール

1860年製プレイエル 
 
1857年製ERARD モデル2 グランドピアノ2m12
1860年製PLEYEL モデルPetit Patron グランドピアノ 2m20
修復前の外観です。

2020年10月20日火曜日

子猫8

 



ライ君は、屋根の上に自分で登るのですが、自分で降りることができません。
降ろしてー!とニャーニャー鳴いたり、じーっとこちらを見て目で訴えます。

レコード盤が回るのが面白いらしく、いつまでも眺めている姿は可愛いです。

2020年10月19日月曜日

ポストショパン時代のエラール VS プレイエル 修復前の写真1

1857年製エラール

1860年製プレイエル

1857年製エラール

1860年製プレイエル

1857年製エラール

1860年製プレイエル

1857年製エラール

1860年製プレイエル

1857年製エラール

1860年製プレイエル


1857年製ERARD モデル2 グランドピアノ2m12
1860年製PLEYEL モデルPetit Patron グランドピアノ 2m20
修復前の外観です。

2020年10月18日日曜日

秋の風景10

 


葉っぱが青じそに香りも味も似ているけれどちょっと違うようなものが自然に生えているのですが、かわいい花を咲かせました。

2020年10月17日土曜日

ポストショパン時代のエラール VS プレイエル 比較にあたって条件の違いの確認

1857年製エラール



1860年製プレイエル 



1857年製ERARD モデル2 グランドピアノ2m12
1860年製PLEYEL モデルPetit Patron グランドピアノ 2m20
同時修復をしながら、比較していきたいと考えていますが、条件の違いも考慮に入れておかなければなりません。
本来ならば、同じ年に製造された同じ大きさのピアノで比較すべきですが、そんな贅沢は叶いませんので、今あるものでできる限りの比較を試みます。

1857年製ERARD モデル2
製造:1857年フランス(パリ)
製造番号:29503
構造:平行弦 / 鉄のバーと板の組み合わせ鉄骨
寸法:2m12
鍵盤:82鍵
アクション:エラールオリジナル(ダブルアクション)
外装:ローズウッド / 真鍮の象嵌


1860年製PLEYEL モデルPetit Patron
製造:1860年フランス(パリ)
製造番号:28896
構造:平行弦 / 鉄のバーと板の組み合わせ鉄骨
寸法:2m20
鍵盤:85鍵
アクション:プレイエルオリジナル(シングルアクション)
外装:ローズウッド


ピアノの比較にあたり、一番大きな条件はピアノの大きさだと思います。
一般的に、ピアノは大きい方が良い楽器です。
響板を大きく取れることで音量や響きが増しますし、アクションも大きく作れる方が理想的なタッチが得られます。
またメーカーでも大きいピアノ製造には節約することなく高品質な材料を使う場合が多いです。
今回のエラールは2m12、プレイエルは2m20ですので、プレイエルの方が有利です。

また、エラールは1857年製、プレイエルは1860年製と製造された年代に3年の差がありますが、この時代の3年は大きいと思われます。
ピアノ製造が劇的に発展していった時代ですから、3年前と3年後とでは設備も技術も格段に違っていたことでしょう。
ですからその点でもプレイエルが有利です。

一方、1780年に創業したフランスで一番の老舗のエラールと1807年に創業したプレイエルとでは、27年の経験の差があり、製造番号を較べても分かりますが、エラールは1857年にすでに29503台目のピアノを製造しており、プレイエルは1860年でも28896台目と、経験数では遅れています。

以上のような条件の違いを頭に置きながら、比較を進めていきたいと思います。

2020年10月16日金曜日

ポストショパン時代のエラール VS プレイエル 同時修復開始

1857年製エラール

1860年製プレイエル


1857年製ERARD モデル2 グランドピアノ2m12
1860年製PLEYEL モデルPetit Patron グランドピアノ 2m20
同時修復を開始します。

たまたま同時に手に入ったポストショパン時代の2台のグランドピアノの修復を、比較しながら同時に修復してみたいと考えました。
19世紀の前半から半ば頃にかけて、当時のピアノ製造界は良いピアノを作ろうとメーカーが必死になって模索し続け、ピアノが急速に発展していった時代でした。
フランスでは小さな会社も含めるとたくさんのピアノメーカーが存在していましたが、とりわけ2大メーカーのエラールとプレイエルが競い合っていました。
ショパンがプレイエルを、リストはエラールを好み、それぞれメーカーと一緒になってピアノを発展させ、また世に普及させていきました。

ショパンが亡くなったのは1849年。
ショパンが生きていた時代のピアノを「ショパン時代のピアノ」ショパンが亡くなった後の時代のピアノを「ポストショパン時代のピアノ」と呼んでいます。
ショパンがどんなピアノで作曲したのかを知りたい、ショパンが弾いていたピアノと同時代のピアノで弾いてみたい、という好奇心は世界的なものですが、ショパン時代のピアノは元々製造数が少ない上、今も残っている楽器、その中でも良い状態で保存されている楽器というのは非常に少なく、また売りに出されても高額ですので、簡単に手に入るものではありません。
しかしポストショパン時代のピアノは、それよりはまだ手に入りやすいため、私のところにもやってきました。
ショパンマニアの方は、ショパン時代でなければ意味がないと言うかもしれません。
でも、ポストショパン時代のピアノというのは、ショパン時代のピアノの発展形であり、ショパンが望んでいたピアノが実現した面もあったかも知れず、とても興味深い時代だと、私は思っています。
さらに時代が進むと、ピアノがモダン化され、1900年頃にはショパン時代の楽器とはまた違ったものになっていきます。

ショパンが求めたピアノはどんな楽器だったのか、リストが必要としていたピアノはどんなものだったのか、プレイエルとエラールはそれぞれどんな特色を出そうとしていたのか、このポストショパン時代の2台のピアノを、修復を通して比較することで何かが分かるような気がしています。

ちょっとマニアックな記事になりますが、ご興味のある方はどうぞご覧ください。