2017年3月27日月曜日

1925年製ガヴォー モデル1 鍵盤の下調整





1925年製GAVEAU モデル1 (1m52)
鍵盤の下調整をしています。
アクションを取り付ける前に、大まかに鍵盤の高さと傾きと間隔の調整をしておくと、この後の作業がスムーズにいくからです。
アクションがまだないため、鍵盤の奥に重りを取り付け、調整します。

2017年3月26日日曜日

1925年製ガヴォー モデル1 ダンパーアクション








1925年製GAVEAU モデル1 (1m52)
ダンパーアクションを掃除し、フェルトを貼り換え、フレンジの位置を整えました。
ピアノの中にアクションを取り付けました。

2017年3月25日土曜日

1925年製ガヴォー モデル1 ペダル4







1925年製GAVEAU モデル1 (1m52)
ペダル窓のフェルトを新しく貼り換え、ペダルを組み立てました。

2017年3月24日金曜日

1925年製ガヴォー モデル1 ペダル3








1925年製GAVEAU モデル1 (1m52)
ペダルケースの古いニスをはがし、掃除をして、ワックスを塗りました。
突き上げ棒が通る部分のブッシングフェルトは上下とも新しく貼り換えました。

2017年3月23日木曜日

1925年製ガヴォー モデル1 ペダル2








1925年製GAVEAU モデル1 (1m52)
ペダルを磨き、ブッシングフェルトを貼り換え、革を貼り換えました。
突き上げ棒を磨き、支えの棒に色を塗り直しました。

2017年3月22日水曜日

1925年製ガヴォー モデル1 ペダル1








1925年製GAVEAU モデル1 (1m52)
ペダルを解体しました。
本体に少し剥がれが見られたので、糊付けしました。

2017年3月21日火曜日

1925年製ガヴォー モデル1 完成予定

1925年製GAVEAU モデル1 (1m52)
4月中旬〜下旬に完成予定となりました!
どうぞお楽しみに!




ピアノ:ガヴォー モデル1
製造:1925年フランス(パリ)
製造番号:79582
構造:交叉弦 / 総鉄骨
寸法:1m52
鍵盤:88鍵(象牙/黒檀)
アクション:シュワンダー
外装:ローズウッド / 太陽のモチーフ

販売予定価格:260万円+消費税8%+群馬県北軽井沢からご自宅までの運送費

2017年3月20日月曜日

ガヴォーの歴史 その4

ガブリエル・ガヴォー



修復中ガヴォー モデル1
(この春完成予定です)


ガヴォーの歴史 その4(文章:Pisnos Balleronサイトより、翻訳:和田明子)

1911年、兄弟は仲違いして、ガブリエルは独自の会社を興し、グランドピアノ製作における自身の新しいアイデアを取り入れました。彼は木材にこだわって作られたおしゃれな外装の小さなグランドピアノを製作することで、独自のスタイルを作り上げました。

1930年頃、子会社のM.A.G. (Marcel と André Gaveau)が設立され、丈夫で小さく安価なアップライトピアノの製造を担当しました。
1939年に戦争が始まった時、ガヴォ―社は95,000台目のピアノを製造したところでした。
エチエンは1943年に死去し、息子のマルセルとアンドレは困難の中でも経営を続けました。

1960年、エラール社と合併し、"Société Gaveau-Erard"と名付けられました。その後プレイエルも加わり、"LES GRANDES MARQUES REUNIES"(大メーカーの集合)となりましたが、1965年に倒産、工場は閉鎖となりました。

2017年3月19日日曜日

ガヴォーの歴史 その3


ガヴォー モデル1

太陽のモチーフの木象嵌


ガヴォーの歴史 その3(文章:Pisnos Balleronサイトより、翻訳:和田明子)

パリで良く知られている「モデル1」という小さなグランドピアノは、アパルトマンに住むパリジャンの間でプレイエルやエラールと人気を競い合いました。太陽のモチーフの木象嵌を施したエレガントな外装は、メーカーの宣伝に大いに役立ちました。

2017年3月18日土曜日

ガヴォーの歴史 その2

左から、Eugène、Etienne、Gabriel 


Fontenay sous bois の工場

1913年11月6日サル・ガヴォーにてカミーユ・サン=サーンスの最後のコンサート
ガヴォーピアノを使用
(http://gallica.bnf.fr/より)


ガヴォーの歴史 その2(文章:Pisnos Balleronサイトより、翻訳:和田明子)
1893年、70歳になったJoseph Gabriel GAVEAUは、会社を息子のEtienne、Eugène、Gabriel に譲り、会社名は"Société GAVEAU"となりました。1896年からはパリ近郊のFontenay sous bois に新しいモダンな工場を建て、300人の職人を雇い、生産量は年2000台に上りました。この工場ではパリの有能な職人たちの多くが育てられました。Etienne Gaveauは経営を担当し、パリ中心部のrue de la Boétieに本社を構え、1908には自社のピアノを広く宣伝するためにコンサートホールを建設しました。それが有名な「サル・ガヴォ―」です。
この時代モダンであったこのホールでエチエンが念入りに企画したコンサートのおかげでガヴォ―社の評判は高まりました。有名なアーティスト達が招かれ、メーカー自慢のコンサートグランドピアノで演奏しました。