2018年10月3日水曜日

1838年製プレイエル ピアニーノ 修復後の考察11(最終回)



1838年製PLEYEL pianino 1m15(ショパン時代のプレイエル)の修復を終え、この時代のハンマーフェルトについての考察をDI MARIOさんの論文を読みながら考えてきました。
彼の論文は2016年に改訂されたもので、2018年の今ではまたさらに研究も進んでいることと思います。
私に寄せられた彼らのメッセージでは、この時代のハンマーフェルトの修復にはウサギの毛を使うことが推奨され、そのグループに問い合わせてウサギの毛のフェルトを購入することも可能だとのことでした。

今回論文を読ませていただいて、今まで知らなかった歴史的背景を知ることができました。
パープがハンマーをフェルトで巻くことを発明した1826年から1850年くらいまでの間に、ハンマーフェルトをめぐってどのような試行錯誤があったのかがわかりました。
つまりショパンがパリで活躍し亡くなるまでの時代は、ちょうどハンマーフェルトの移行期にあたり、革のハンマーからウサギのフェルト(ウサギ、ノウサギ、羽毛、ビクーニャ、絹と様々な材料が使われた)、そしてウサギなどのフェルトと羊毛との結合ハンマーを経て、最終的に羊毛だけのフェルトになっていったのでした。
1849年に亡くなったショパンは、間違いなく、非常に柔らかいフェルトのハンマーのピアノで作曲していた、そしてそのハンマーからは甘くソフトな音色が出ていた、ということなのです。
今の私たちが知っているモダンピアノ、そして現代の羊毛フェルトにより修復されたピアノとは全く違う価値観の音色だったようです。
したがって、ショパン時代のプレイエルの修復には、現代の羊毛フェルトではなくウサギなどのフェルトを使用するべきだという意見があるのは正当なことです。

私はこの歴史的背景を知った上で、修復の仕事をしていかなければなりません。
ただ私は、ハンマーフェルトをウサギにしよう、と単純に考えることはできません。
ピアノの音色は、ハンマーフェルトだけでなく、弦や響板や、使われている木の年齢や、いろいろなことによって総合的に決まるものです。
ショパンの時代には若かった木の音色がしていたと思いますが、180年経った今ではまず木の響き方が違います。
また木の体力が弱っているので同じ張力をピアノにかけることができず、ピアノを生かすためには弦の張力を落として調整しなければならないので、ショパンの時代より弱い張力(つまり弱い音が出ることになります)のピアノに柔らかいウサギのハンマーを取り付けて、果たして同じようなエネルギーの音が出せるのか、と思います。
そんなことを考えると、ショパン時代の音の再現という目的には私自身はパッションを持てず、それよりもショパン時代を生きてきて今も生きている年を重ねたピアノの音を聴きたいという方向に気持ちがいきます。
また、少々余談になりますが、ウサギの毛のハンマーを付け、もちろん他の部分も非常にこだわった材料を使って修復するとなると、どんなにか高価なピアノになってしまうことだろうと思います。
それをするのは私の役割ではない、例えば博物館とか研究機関とか、そんなところでやっていただければ良いと思います。
私のやりたい修復は、普通のピアノ愛好家が手に入れられる範囲のピアノ作りです。
手に入りやすい材料を使いながらでも、当時の設計や美学をできる限り尊重しながら修復を行うことで、現代ピアノとは全く違ったメッセージを私たちに与えてくれる、感動を与えてくれる、音楽を教えてくれる、そういう意味のあるピアノはできると思います。
そして高すぎない値段で売ることにより、多くの人が歴史から学ぶ機会を得られます。
私が手がけたい修復はそういう修復ですので、やはりウサギ派!の方たちとは違うのです。

答えは一つではない、色々な考え方があって良いと思います。
様々なことを学ばせてくれたこのピアニーノに感謝します。
そして勉強のきっかけを与えてくださった、私にコメントを下さった方々にも感謝します。

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