2016年3月21日月曜日

1843年製プレイエル スクエアピアノの修復を終えて



1843年製PLEYEL スクエアピアノの修復を終えて
和田明子
 
スクエアピアノの修復は私にとって全く初めての経験でした。
初めてぶつかる問題も多く、試行錯誤しながらの修復でしたが、何とか完成までたどり着きました。
それでも細かな問題が残らなかったわけではなく、本当に最善を尽くしたのかどうか、もっとできることがあったのではないだろうか、という思いも残りました。
しかし、今の私の実力でやれることをすべてやったのも事実でした。最後は体力も限界まで使いました。
納品直前まで試行錯誤が続いたことで、完成したピアノを自分でゆっくり弾いて感じる時間がなかったことも心残りでした。そのため、修復の結果を自己評価できなかったのです。
余裕のない仕事になってしまったことには、自分の能力不足を感じています。

完成から3か月経った今、やっとこのスクエアピアノを十分に感じ、修復のまとめができると思っています。
それは、ピアノ所有者の方と録音に協力して下さったピアニストの方々のおかげで、様々な曲を演奏していただき、このピアノの音がやっと自分の中に沁みこんできたことにより、このピアノがどんなピアノだったのか、私のした仕事がどんな意味をもっていたのかを、ようやく自分なりに感じることができたからです。

このスクエアピアノの音を好きな方とそうでもない方があると思います。
現代のピアノとは大きく違いますので、物足りなさを感じられる方もあるでしょう。
また現代のピアノが失ってしまったものを持っているので、感激する方もいるでしょう。
もっとこうすれば良くなる、と具体的なアイデアを持つ技術者の方もいることでしょう。
好みや感じ方は人それぞれですので、色々なことを思われて良いと思います。
一つの個性的なピアノを修復し、このような音があるのだと紹介すること、このような時代があったのではないかと問いかけること、それが私の行った仕事の意味の一つのように思っています。

個人的には、私はこのピアノの音が大好きです。
この響きが、私の体の中でなんとも言えない感動を呼び起こし、幸せな気分になれます。
ずっと聴いていたい音で、やめられません。

このピアノの美しい響きを引き出してくれたピアニストの方々に感謝しています。
昔のピアノは、上手なピアニストが弾けばいつでも良い音が出るのかというと、そういうわけにはいきません。
ピアニストが自分中心に弾くのではなく、ピアノに近づきピアノの声を聴き、弾きにくいアクション(現代の感覚からすると)を受け容れて弾き方を工夫し、ピアノと一緒に響きを探っていく作業を経て、初めて美しい響きが出せます。
それを忍耐強くやれるピアニスト、その作業が好きなピアニストだけが、昔のピアノとお友達になることができ、共に歌い音楽を作り上げることができると思います。
そしてその世界は、プロ、アマチュアを問わず広くみなさまに開かれているものです。

より古いピアノを修復すればするほど感じることがあります。
ピアノ修復とは、単に壊れた物体を修理する作業ではないということです。
歴史あるものには魂が宿っている、ということを誇張ではなく確かに感じています。
ピアノが主張してくる感じがします。古いピアノほどその感じが強いです。
修復する者はその声を聴かねばならない、と思います。
そして苦労の末には、ピアノと共に到達する場所があります。
その対話の幸せが、私たち修復師にとって一番のやりがいなのではないかと、私は思い始めました。

たくさんのことを学ばせてくれたスクエアピアノと応援して下さった皆さまに感謝して、次なる修復に挑みます。

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